武州鉄道の痕跡を訪ねて-A-笹久保〜真福寺-2006-6-25
 武州鉄道の笹久保駅より真福寺間を訪ねてみました。偶然当時の武州鉄道を知る老女に話を聞くことができました。
撮影地点A
 
ここのポイントを紹介した文献などが無いため確定できませんが、笹久保からの線路跡の軌跡をたどると、この道沿いに沿って線路があったことを推測されます。
撮影地点B
 老人ホーム「槻寿苑」という施設に沿って通る道路の一部が、途中で線路跡をトレースするように、かぎ型に曲がっている部分があります。これがまさに武州鉄道の線路跡だそうです。、
撮影地点C
 目白大学の南側から大学方向を望んだもので長閑な景色の中に砂利道となって線路跡がそのまま残っている様子が見てとれます。
撮影地点C
 さらに、森の中を進むと窪地となっていて、線路跡であると推測されます。
撮影地点D
 上記の地点から北へ進むと、線路跡は目白大学の敷地内に吸収されてしまいます。しかし、そのまま大学の敷地を真っ直ぐ突き抜けると、正門から直線道路が延びており、その道路こそが武州鉄道の線路跡であることが明瞭にわかります。この中間地点のあたりに「浮谷」という駅が存在していました。
撮影地点E
 線路跡は農地の中へ吸収されてしまっていますが、その農地の中に、ほとんど全く手を加えられることなく、線路があった当時のまま放置されています。
撮影地点F
 この土手沿いにそって線路があったことを、当時のことを知る老人より証言が得られました。
撮影地点G
 浮谷の駅の北側、浮谷バス停の付近で、線路跡は県道蒲生岩槻線に吸収されるかのように、道路と並行していました。バス停付近から神根方向へ合流地点を見たもので、画面右側の、壁のある土地が線路跡です。
撮影地点H
 当時、浮谷駅の隣に関係者が所有していた倉庫が、現在も移築されて残っています。
撮影地点I
 浮谷バス停から、県道蒲生岩槻線の、北へ向かって左側にピッタリ並行して走る線路跡の現在の様子です。浮谷駅から北へわずか800m程のところに「真福寺」駅があったとされています。